今日はおしゃべり大好きでいつも明るいスレイメッのお話です。
彼女は8歳のときに、虐待児を保護する団体からの要請でこちらに入ってきました。
詳細は書けないのですが、当時から両親の所在が分からず、わたしたちもなんとか探し出したいと思い続けていました。
今年に入ってそろそろ探そうかと思っていたときに、コロナ感染拡大の影響で学校も休校になりいつもとは違う生活に変わってしまっていましたが、それにも少し慣れてきた今、ともかく引き受けた当時に記載されていた村を行ってみようということになりました。
まずは地区の役所に。
実はこの役所の児童福祉の担当者の電話番号は知っていたのですが、以前から何度かけてもつながりませんでした。来てみてわかったのですが、すでに退職していて別の担当者に変わっていました。
役所の皆さんが心配し隣接する警察にも話してくれ、そこで再度村の名前を伝えると一人の警察官の方が直接村長に電話してくれました。そして娘と生き別れになった女性が村にいると教えてくれたのです。
まさかのまさか、思ったよりも早くそれらしき女性が見つかりました。村長からその女性の電話番号を聞き、確認したらその人はスレイメッのおかあさんでした。
私たちがいた役場はお母さんの家からかなり離れた場所にあったので、できるだけお母さんの家に近くすぐにわかる場所としてその周辺の警察の庭を待ち合わせ場所に指定しました。
お母さんを待っている間にスレイメッに「お母さんの顔は覚えてる?」と訊いたら、「小さかったからわからない・・・」と。
その後すぐにお母さんが到着して再会することができました。
一緒にいた私もソカーさんもウルウル・・・。
お母さんは、「出稼ぎのタイから戻ったらこの子が施設に預けられたと聞いて連絡先も探したけどわからなくて・・・。この子のお父さんはもう亡くなってしまったし。」と泣きながら話していました。(新しい夫がいて、写真の通りすでに妊娠中でしたが)
お顔がそっくりなので、会った瞬間に「お母さんだ!」とわかりました。
このあと私の車でお母さんの住む家まで一緒に移動し、おばあちゃんたちにも会うことができました。
おばあちゃんも大喜びでスレイメッを見るや否や抱きしめていました。
しばらくみんなで話していると、近所の人たちもよかったよかったと集まってきてくれました。
これで実家の場所もわかったので、たまに帰省することもできますね。
電話番号も交換して、なんとフェイスブックもしているというのでソカーさんともつながって、面会は今はできないけどビデオ通話ができるとお母さんもニコニコしていました。
帰り道、ソカーさんが「場所はわかったんだけど、同じような家が並んでいたので目印になるものがなくて・・・。」と苦笑いしていましたが、表情はとてもうれしそうでした。
先月から細かい確認の作業のために子どもたちに出身の村を訪れたりしていますが、昨日は本当に肩の荷が少し軽くなりました。
スレイメッにとって、本当の家族の存在があることはこれからの人生で気持ちの支えになっていくと思っています。
私たちも支えるけれど、支えは多いに越したことはないので、高校卒業までお母さんには私たちを信じて任せてもらい、その間にもよくコミュニケーションをとってもらいつつスレイメッの成長を一緒に見守っていきたいと思いました。
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